今川貞世に魅せられ

2008/07/31 10:28

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ウィキペディア   今川貞世 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2007/01/23 01:54 UTC 版)今川 貞世(いまがわ さだよ、嘉暦元年〔1326年〕 - 応永27年〔1420年〕?)は、鎌倉時代後期から南北朝・室町時代の武将、遠江の守護大名、室町幕府の九州探題。歌人としても名高い。父は今川範国、正室は土岐頼雄の娘。弟の今川仲秋は養子となる。通称は六郎(ろくろう)。官職は左京亮や伊予守を歴任。法名は了俊(りょうしゅん)で、今川了俊と呼ばれることも多い。没年は異説あり。 目次1 伝記2 人物3 家系4 著作5 史料6 関連 伝記幼少時は不明だが、父に従っていた記録は残り、12,3歳頃から和歌を学ぶ。足利家内部の対立から将軍の足利尊氏と弟の足利直義の両派の抗争へ発展した観応の擾乱においては、父とともに将軍側に属する。直義派や南朝勢力と戦い、55年には細川清氏とともに東寺合戦で戦う。幕府執事となった清氏が61年に失脚して南朝に下ると、父の命で講和呼びかけのために遠江から召還される。軍事活動のほか、遠江や山城の守護職、幕府の引付頭人などを務め、67年に2代将軍の足利義詮が死去すると出家。3代将軍足利義満時代の1370年(建徳元年/応安3年)頃に、管領の細川頼之から渋川義行の後任の九州探題に推薦され、正式に任命された。観応の擾乱後に南朝方の菊池氏が懐良親王を奉じた征西府、将軍尊氏の庶子である足利直冬などが分立し、征西府が少弐氏を撃破して大宰府を占領し、南朝勢力が強くなっていた九州の平定のために派遣される。本国の遠江で準備をした後、10月に京都を出発、中国地方を通過して12月に九州へ至る。大内義弘などの協力も得て貞世は新興の国人勢力と連絡し、阿蘇氏の協力を得て豊後の菊池を、松浦党の協力を得て大宰府を攻め、了俊自身の兵は中央から大宰府を攻めた。1372年(文中元年/応安5年)6月には懐良親王、菊池武光らを筑後高良山(福岡県久留米市)から菊池氏本拠の肥後隈部まで追い、征西府から大宰府を奪回し、拠点とする。戦局は肥後へ移り、74年7月に了俊は水島まで出兵する。1375年(天授元年/永和元年)、水島においては会戦に備えて勢力結集をはかり、九州三人衆と呼ばれる大友親世、少弐冬資、薩摩の島津氏久らの来援を呼びかける。三人衆のうち1人、九州探題と対立していた少弐氏の少弐冬資は着陣を拒むが、島津氏久の仲介で来陣する。水島の陣において了俊は宴の最中に冬 ..



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