宮川淳を求めて

2008/07/27 07:55

百科事典 > トップ > 宮川淳を掘り下げたウェブサイト集です。

宮川淳 - hatena

美術批評家。

d.hatena.ne.jp



美術批評家。

宮川淳 - hatena

年譜 1933年3月13日 東京市大森区に生まれる。父船夫、母芳。四男。1937年 外交官である父の譜赴任地モスクワへ。(舞鶴、ウラジオストック経由)1939年 パリ--地中海--印度洋経由帰国。1945年 上野--新潟--清津経由、父の赴任地のハルピンへ。1946年 ハルピンを引き揚げ帰国。1949年 友人らとフランス語の勉強会をはじめる。リーダー格であった。1953年 東京大学文学部美術史学科へ進学。この年から翌年にかけて種村季弘、吉田喜重、石堂淑朗らとともに同人誌『望楼』を刊行する。またこの頃からフランス語テクストの読書会を始める。中川信、石堂淑朗、種村季弘、阿部良雄がメンバーであり、1957年頃から清水徹が加わる。石堂、種村に代わって一時は稲田三吉が参加したこともあり、1964年からは豊崎光一 が加わる。講読テキストはブルトン、ボンヌフォア、ブランショ、ポーラン 、バタイユ、メルロ=ポンティ、ロラン・バルト、レヴィ=ストロース、ラカン、デリダなどを読む。1974年頃からはマラルメ読書会の性格を帯び、渡辺守章、菅野昭正、田中淳一が加わる。宮川は始終一貫して中心的存在であった。1955年 大学卒業。日本放送協会に就職。1956年 大学時代の師のすすめでフランスの画家ジャン・パゼーヌ「今日の絵画に関する覚書」を共訳する。以後の『美術手帖』『みずゑ』他、美術関係執筆の端緒となつた。1959年 斎藤陽子と結婚。1960年 『新思潮』同人会に出席。現代詩人会に出席1963年 「アンフォルメル以後」をもって美術出版社の芸術評論募集に第一席入選。審査委員は瀧口修造、浜口隆一、針生一郎。1965年 日本放送協会を退職。成城大学文学部講師となる。1966年 レゴ大会に長男達の名で「コンクリート・ミキサー」、「観覧車」を出品、銅賞、アイディア賞を受賞する。1967年 『鏡・空間・イマージュ』(美術出版社)刊行。1968年 文芸学部芸術コースの学生たちと海外研修旅行。カイロ--アテネ--クレタ島--ローマ--アッシジ--フィレンツェ--ラヴィンナ--パリ--トレード--マドリッド。1969年 成城大学文学部助教授となる。1970年 パリに滞在。滞在中にロンドン、アムステルダム、ウィーン、ミラノ、フィレンツェ、シエナ、サンジミニャーノ、ピサ、ルッカ、ピストイア、ローマ、ナポリ、ペストゥムなどに旅行。1971年 東京大学非常勤講師、ロラン・バルト『モードの体系』を講読。パリに滞在。ポワティエに旅行。1972年 東 ..

d.hatena.ne.jp



年譜1933年3月13日、生まれる東京市大森区に。父船夫、母芳。四男。1937年、譜赴任地外交官である父のモスクワへ。印度洋経由帰国経由パリ舞鶴、地中海1939年、ウラジオストック。1945年、父のハルピンへ清津経由、新潟上野赴任地の。1946年、揚げ引きハルピンを帰国。1949年、勉強会をはじめる語のフランス友人らと。リーダー格であった。1953年、進学東京大学文学部美術史学科へ。この石堂淑朗らとともに吉田喜重、を種村季弘、望楼同人誌刊行する翌年にかけて年から。またこのテクストのフランス読書会を頃から語始める。中川信、加わる清水徹が種村季弘、1957年頃からメンバーであり、阿部良雄が石堂淑朗、。石堂、稲田三吉が代わって1964年からはが一時は参加したこともあり、種村に加わる豊崎光一。講読バタイユ、デリダなどをブランショ、メルロバルト、ラカン、テキストはストロース、ポンティ、ボンヌフォア、、ブルトン、ポーランレヴィ読むロラン。1974年頃からは帯び、マラルメ性格を菅野昭正、加わる渡辺守章、読書会の田中淳一が。宮川は中心的存在であった始終一貫して。1955年、大学卒業。日本放送協会に就職。1956年、フランスの画家ジャンを師のすすめで関するパゼーヌ覚書今日の共訳する大学時代の絵画に。以後の美術手帖美術関係執筆の端緒となつた他、みずゑ。1959年、斎藤陽子と結婚。1960年、新思潮同人会に出席。現代詩人会に以後をもって第一席入選出席1963年、アンフォルメル芸術評論募集に美術出版社の。審査委員は針生一郎瀧口修造、浜口隆一、。1965年、退職日本放送協会を。成城大学文学部講師となる。1966年、レゴアイディア観覧車ミキサー出品、銅賞、名でコンクリート、長男達の大会に賞をを受賞する。1967年、刊行空間イマージュ鏡美術出版社。1968年、コースの文芸学部芸術学生たちと海外研修旅行。カイロクレタ島アッシジパリアテネフィレンツェラヴィンナローママドリッドトレード。1969年、成城大学文学部助教授となる。1970年、滞在パリに。滞在中にピサ、ナポリ、サンジミニャーノ、ルッカ、ミラノ、ピストイア、アムステルダム、ロンドン、ペストゥムなどにシエナ、ローマ、フィレンツェ、旅行ウィーン、。1971年、体系ロランバルトを講読東京大学非常勤講師、モードの。パリに滞在。ポワティエに旅行。1972年、東。

宮川淳 - hatena

著書 『宮川淳著作集I・II・III』 美術出版社『引用の織物』 筑摩書房『鏡・空間・イマージュ』 風の薔薇叢書 『美術史とその言説』 中央公論社『紙片と眼差とのあいだに』 小沢書店『ディアーナの水浴』 ピエール・クロソウスキー著 宮川淳・豊崎光一 訳 風の薔薇 amazon:宮川淳 

d.hatena.ne.jp



著書眼差とのあいだにイマージュ小沢書店風の、豊崎光一クロソウスキー風の、宮川淳ピエール言説宮川淳著作集中央公論社水浴紙片と薔薇叢書、鏡美術出版社織物筑摩書房空間、美術史とその訳、薔薇、引用のディアーナの、著、宮川淳、、、。

ウィキペディア ウィキペディア 宮川淳 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2006/11/20 09:24 UTC 版)宮川 淳(みやかわ あつし、1933年3月13日 - 1977年10月21日)は、日本の美術評論家。当時の東京市大森区生まれ。 略歴外交官の父の赴任先へ行ったり、帰国したりする、幼年期だった。1953年に、東京大学文学部美術史学科へ進学。この年から、種村季弘、吉田喜重たちと同人誌『望楼』を刊行。読書会には、フランス文学者である清水徹、豊崎光一、渡部守章らが加わった(清水、種村、豊崎は、のちに著作集の編集委員となる)。 そのテクストは、アンドレ・ブルトンやモーリス・ブランショ、ジョルジュ・バタイユやモーリス・メルロー=ポンティ、ロラン・バルトやレヴィ・ストロース、ジャック・ラカンやジャック・デリダなど、多くが、現代思想に繋がる当時のアクチュアルな思想家のものだった。シュルレアリスムや構造主義周辺の思想・文学を受容しつつ独自の思索を展開していった宮川は、美術史の領域で先鋭的な仕事を残すと同時に、清岡卓行をはじめとする同時代の詩人への犀利な批評や、アンドレ・ブルトン、ジョルジュ・バタイユの翻訳など、文学の領域でも優れた仕事を残した。1955年に、大学卒業し、日本放送協会に就職する。翌年、『美術手帖』『みずゑ』等に寄稿するようになる。1959年、結婚。1965年、NHKを退職。成城大学文学部講師になる。1969年、成城大学文学部助教授。1971年、東京大学非常勤講師。招いたのは、当時東大の学生だった小林康夫である。その間にも、上記の思想家たちの講読もしていた。1977年、肝臓癌で死去。わずか10年ほどの著作活動ながら、その影響は絶大。とくに、「引用」という概念は、蓮實重彦の「表層」などと共に、当時の流行にもなった。 主な著作 『引用の織物』 『鏡・空間・イマージュ』 『美術史とその言説(ディスクール)』 『紙片と眼差とのあいだに』など全3巻の著作集がある。



は、みやかわ1977年10月21日版11宮川淳美術評論家ウィキペディア宮川ウィキペディア1933年3月13日出典ウィキペディア242006百科事典あつし、日本の09淳フリー20。当時の東京市大森区生まれ。赴任先へ幼年期だった略歴外交官の行ったり、帰国したりする、父の。1953年に、東京大学文学部美術史学科へ進学。この望楼同人誌種村季弘、年から、刊行を吉田喜重たちと。読書会には、編集委員となる清水徹、豊崎光一、のちに豊崎は、渡部守章らがフランス著作集の種村、加わった文学者である清水、。バタイユやテクストは、レヴィそのモーリスアンドレジャックポンティ、多くが、ラカンや現代思想に思想家のものだったモーリスブルトンやジョルジュバルトやストロース、ブランショ、当時のアクチュアルなジャック繋がるメルローデリダなど、ロラン。シュルレアリスムや批評や、清岡卓行をはじめとする犀利な思索をブルトン、独自のジョルジュ領域でバタイユの翻訳など、アンドレ残した詩人への先鋭的な仕事を受容しつつ宮川は、文学を同時に、思想領域でも優れた残すと文学の構造主義周辺の同時代の展開していった美術史の仕事を。1955年に、日本放送協会に就職する大学卒業し、。翌年、等に寄稿するようになる美術手帖みずゑ。1959年、結婚。1965年、を退職。成城大学文学部講師になる。1969年、成城大学文学部助教授。1971年、東京大学非常勤講師。招いたのは、学生だった小林康夫である当時東大の。その上記の間にも、講読もしていた思想家たちの。1977年、死去肝臓癌で。わずか影響はその著作活動ながら、絶大10年ほどの。とくに、などと表層という流行にもなった引用概念は、蓮實重彦の共に、当時の。イマージュ鏡著作集がある眼差とのあいだに紙片とディスクール美術史とその織物言説空間著作引用の主ななど全3巻の。

「宮川淳」を含むASIN

江梨子
ビクターエンタテインメント 橋幸夫
1200 円 - http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/B000E1KNH0/

橋幸夫 45周年記念3枚組 ”歌の架け橋”
ビクターエンタテインメント 橋幸夫
5000 円 - http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/B000BX4CN2/

美しい夕暮れ ?バラード・セレクション ?
EMIミュージック・ジャパン 須川展也
2039 円 - http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/B00005GM0X/

「宮川淳」を含む楽天市場の商品

ディアーナの水浴第2版
著者:ピエール・クロソウスキ/宮川淳出版社:水声社サイズ:単行本ページ数:118p発行年月:2002年08月この著者の新着メールを登録する【内容情報】(「BOOK」データベースより)ディアーナ(アルテミス)の水...
2100 円 - http://item.rakuten.co.jp/book/1468681/

なつかしい未来の世界
荒川修作の仕事 著者:工藤順一出版社:新曜社サイズ:単行本ページ数:208p発行年月:1995年09月この著者の新着メールを登録する【内容情報】(「BOOK」データベースより)本書は荒川の芸術的実践の本質に挑む、...
3990 円 - http://item.rakuten.co.jp/book/756146/

水声通信(12)
特集:宮川淳,三〇年の後に 出版社:水声社サイズ:単行本ページ数:70p発行年月:2006年09月この商品の関連ジャンルです。 ・本>人文・地歴・哲学・社会>文学>その他
1050 円 - http://item.rakuten.co.jp/book/4135156/

トラックバック - http://www.b5.dc.c0.ee.bd.df.otpp.info/tb/qyvdwmkdie
©2006 otpp.info